東京高等裁判所 昭和61年(行ケ)49号 判決
一 請求の原因一(特許庁における手続の経緯)、二(本願発明の要旨)及び三(審決の理由の要点)の事実は、当事者間に争いがない。
二 そこで、原告主張の審決取消事由の存否について判断する。
1 成立に争いのない甲第三号証によれば、本願発明は、金属の真空蒸着を施した合成樹脂製製品の表面強度を増大させることを目的としたものであるところ(第一頁第一九行ないし第二一行)、従来技術では、合成樹脂製製品の基体1の表面に金属を真空蒸着する場合、まず基体1の表面にウレタン系樹脂、エポキシ系樹脂又はアクリル系樹脂等を使用した塗料を塗布して形成されるアンダーコート2を被膜状に形成しておき、このアンダーコート2の表面上にアルミニウム又は金等の金属の真空蒸着を施して真空蒸着層3を形成するが、このようにしてアンダーコート2を介して基体1の表面上に形成された真空蒸着層3は、金属の微粒子がアンダーコート2の表面に付着しているにすぎず、軽くこする程度でアンダーコート2の表面から剥離してしまうため、従来は基体1の表面上に形成された真空蒸着層3を保護すると共にその剥離を防止するため、この真空蒸着層3の上にさらにウレタン系樹脂、エポキシ系樹脂又はアクリル系樹脂等を使用した塗料を塗布して形成されるトツプコート4を形成していたこと、しかしながら、このトツプコート4に使用される塗料は、そのいずれもが合成樹脂を母体としているので、高温で乾燥焼付けをすることができず、十分な被膜強度を得られないこと、またトツプコート4は十分な硬度を有していないために真空蒸着を施した製品の光沢すなわち外観が悪く金属感に乏しいものとなつていた(第二頁第五行ないし第三頁第一一行)との知見に基づき、前記の従来例における欠点を解消すべく創案されたもので(第三頁第一二行、第一三行)、その基本的実施例は、第三頁第一五行ないし第四頁第八行及び第五頁第一四行ないし第一九行において、次のように説明されていることが認められる。
本願発明は、合成樹脂製製品の基体1の表面に、アンダーコートを介して真空蒸着層3を施し、さらにその表面をトツプコート4で被覆した上、高温による乾燥焼付けを必要としないで形成される硬化膜5を被覆形成したもので、この硬化膜5の材料としては、電子線、放射線又は紫外線で硬化する塗料、すなわちUV塗料が使用される。液状となつたUV塗料を、トツプコート4の表面上に適宜手段によつて均一に塗布し、これに電子線、放射線又は紫外線を照射して、一秒前後の短時間で、硬化膜5をトツプコート4表面に形成する。硬化膜5は、その分子結合状態が三次元網状結合となつているので、その硬度は極めて高く、高温焼付け塗装と同程度の硬度を有し、製品表面の耐摩耗性を高めることができ、製品が傷つき難いものとなると共に、真空蒸着層3の保護がより確実になる。
以上の認定事実によると、本願発明は、従来の真空蒸着を施した合成樹脂製製品において、真空蒸着層3の保護をより確実にするために、右真空蒸着層3を被覆するトツプコート4の被覆強度を改善することを目的として、トツプコート4の上に、UV塗料を使用した硬化層5を設けたものであることが明らかである。
2 一方、成立に争いない甲第四号証によれば、引用例1には、「本発明は被覆された真空蒸着物品、特に着空蒸着物品に極めて耐久性のある被覆物をほどこす方法に関する。」(第二頁左上欄第七行ないし第九行)、「今迄真空蒸着された部分の被覆材料として用いられてきた材料はそれらの耐久性の点で比較的乏しい。」(同頁右上欄第一三行ないし第一五行)、「真空蒸着された部分に現在用いられている上塗りは一般に次の型のものである…
油変性ウレタン樹脂
アルキド樹脂
アクリル―アルキド共重合体
上記の型の被覆剤は、物品がつくられている真空蒸着された金属やプラスチツク材料との混和性の点及び環境温度で変色する傾向を有しない透明な被覆物を生ずるという点からは満足されるのであるが、優れた耐久性を有すると思われる被覆剤は一つもない。(中略)従つて、現在真空蒸着された部分用として用いられている被覆材料が有しているこれらの欠点は真空蒸着された部分が強い摩滅又は風雨への暴露を受けるような場合に装飾の目的で真空蒸着を用いることに重大な制限となる。本発明によれば、真空蒸着された物品は耐久性において現在用いられている被覆剤よりも遥かに優れている被覆剤がほどこされる。」(同頁左下欄第三行ないし同頁右下欄第三行)、「本願発明によれば物品は先ず真空蒸着工程を経て得られる蒸着金属表面を受け入れるのに適した下塗りがほどこされる。真空蒸着された後、その物品は最初の上塗りがなされ、次いで第二の即ち仕上げの上塗りがなされる。」(第三頁右上欄第一一行ないし第一五行)ことが記載されていることが認められ、したがつて、引用例1には、真空蒸着された部分に耐久性を付与するため、第二の上塗りを施すことが開示されている。
3 そこで、本願発明と引用例1記載の発明とを比較すると、本願発明におけるトツプコート4及びその上に形成される硬化層5が、引用例1記載の発明における第一の上塗り及びその上に形成される第二の上塗りに相当することは明らかであつて、両者は、合成樹脂製製品の基体の表面に、下塗り、金属の真空蒸着、上塗り及び第二の上塗りを積層形成してなる点で、その構成に差異がなく、かつ、右第二の上塗りが真空蒸着層に対して耐久性を付与することを目的として設けられている点においても、一致することが明らかである。
4 相違点<1>の認定、判断について
前記1及び2認定事実によれば、本願発明が硬化層にUV塗料を使用するとしているのに対し、引用例1には第二の上塗りの材料としてUV塗料が記載されていないことは、審決が摘示するとおりである。
ところで、いずれも成立に争いない甲第五号証及び第六号証によれば、引用例2には、電子線を照射して塗料を硬化(乾燥)させる技術、すなわち電子線硬化法(EBC法)(第三四頁左欄第五行ないし第七行)は、素材の加熱が望ましくない、また、塗装品質の向上をはかりたい等の場合に採用を検討してみる価値があること(甲第五号証の第四〇頁右欄第一三行ないし第二五行)、プラスチツクの中には熱変形、有機溶剤の影響などから、使用する塗料や乾燥方法に限度があるものがあるが、このようなプラスチツクの塗装にEBC法を適用することは極めて有効であること(同第四一頁左欄第一六行ないし第二五行)が、引用例3には、UV硬化は溶媒を使わないですむこと、プラスチツクの金属化、塗装のために用い得ること、厚めのトツプコートは摩擦、薬品、溶剤への抵抗を改善すること(甲第六号証の第一〇八頁左欄第二三行ないし第二八行、同頁右欄第七行ないし第一四行、第一〇九頁左欄第一九行ないし右欄第一〇行)が記載されていることが認められる。
以上の技術内容が本件出願前にいずれも公知の事項であつたことを考慮すると、真空蒸着を施した合成樹脂製製品の真空蒸着された部分に耐久性を付与するために、最も外側の層を、UV塗料を使用する硬化法によつて形成せしめることは、当業者ならば容易に想到し得る程度のことであつたと認めるのが相当である。
この点について、原告は、引用例1記載の発明における第一の上塗りは、第二の上塗りからの浸透に対する防壁として作用することによつて真空蒸着層を保護するものであるから、第一の上塗りと第二の上塗りとは、一体のものとしてその置換が論ぜられるべきであると主張する。
引用例1記載の発明における第一の上塗りが、第二の上塗りからの浸透に対する防壁としての作用をも有することは、被告も認めて争わないところであるが、第一の上塗りが奏する右作用は、引用例1記載の発明における第二の上塗りが溶媒を含んでいることによつて奏することができる作用であつて、第二の上塗りが溶媒を含まなければ考慮する必要がない作用である。
そして、前記3において述べたとおり、本願発明におけるトツプコート4と、引用例1記載の発明における第一の上塗りは、共に金属の真空蒸着層の保護を目的とする点では全く差異がないのであり、しかも右トツプコート4と第一の上塗りは、これを形成する層自体の構成において何ら相違するところがないのであるから、右トツプコート4あるいは第一の上塗りが、その上に形成される層からの浸透に対して防壁としての作用をも有するか否かは、本願発明と引用例1記載の発明との相違点<1>についての前記判断に影響を与えるものとはいえない。
また、原告は、本願発明は、真空蒸着層の保護層としてUV塗料により形成される硬化層を利用する際に発生する種々の不都合を効果的に解消することを目的とし、そのための技術的手段として、真空蒸着層3と硬化層5との間に、トツプコート4を介在させた構成を採用したものである旨主張する。
しかしながら、本願発明は、従来のトツプコートが十分な硬度を有していないため、該トツプコート層に対し耐久性を付与するために硬化層を設けたものであること、右トツプコート層を形成する塗料は従来周知のものであることは、前記1認定のとおりであつて、UV塗料との関連でトツプコートを介在させたものと解する必要性はないから、原告の右主張も採用することができない。
したがつて、相違点<1>についての審決の認定、判断に誤りはない。
5 本願発明の奏する作用効果の看過について
原告は、本願発明は、UV塗料により形成される硬化層5を利用する際に発生する種々の不都合を解消する手段として、金属の真空蒸着層3と硬化層5との間にトツプコート4を介在させたことによつて、化学的耐久性(耐薬品性等)のほか、物理的耐久性(耐摩擦性等)において、引用例1記載のものと比較して優れた作用効果を奏すると主張する。
しかしながら、前述したとおり、本願発明は真空蒸着を施した合成樹脂製製品における従来のトツプコートが十分な硬度を有していなかつたため、右トツプコートに耐久性を付与する目的で硬化層を設けたものと解されること、本願発明におけるトツプコート4を形成する塗料は従来周知のものであること、及び前掲甲第三号証によれば、全文補正後の本願明細書の第六頁第七行ないし第七頁第一一行には、「本発明の作用効果は、硬化膜5における下記の機能、効果、すなわち溶剤を含まないことが可能であること、硬化に高温を要しないこと、分子結合が三次元網目構造であるので硬度が高いこと、そして硬化が短時間で達度されること等の機能、効果が真空蒸着層3があるにもかかわらず充分に発揮されるからである。すなわち、硬度膜5は、硬化時間が極めて短いために塗膜の収縮ひずみ(残留応力)が必然的に残り、他の物品、例えば真空蒸着層3等との接着力が減少することになるが、本発明の場合、真空蒸着層3と硬度膜5との間に、加熱温度が低いことによつて硬度が上がらず柔い状態で成形されかつ真空蒸着層3および硬度膜5の両方に対する接着力の大きいトツプコート4が位置しているので、例え硬度膜5を前記した機能および効果を充分に発揮させるべく短時間で成形し、もつて硬化膜5内に残留応力が発生したとしても、この硬化膜5の残留応力はトツプコート4で吸収されてしまい、真空蒸着層3に悪影響を与えることは全くないのである。要するに、トツプコート4は、真空蒸着層3に悪影響を与えることなく、硬度膜5の機能、効果を充分に発揮させるべく設けられたものとなつているのである。」と記載されていることを併せ考えると、原告が主張する本願発明の奏する作用効果は、ひつきよう、UV塗料自体の特性に由来するものであると考えざるを得ない。そして、UV塗料を最も外側の層に用いた場合、摩擦、薬品、溶媒等への抵抗を改善し得ることは、前記4認定のとおり本件出願前に公知の事項であつたのであるから、UV塗料を使用して硬化層を形成した本願発明が奏するであろう作用効果は、当業者の予測の域を出ないものと認めるのが相当である。
したがつて、審決には、本願発明が奏する作用効果を看過した誤りはない。
三 よつて、審決の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求は失当としてこれを棄却することとする。
〔編註〕 本願発明の要旨は左のとおりである。
アクリルニトリル・ブタジエン・スチレンのコーポリマ樹脂、ポリプロピレン系樹脂そしてユリアフエノール系樹脂等の合成樹脂製製品としての基体1の表面に、ウレタン系樹脂、エポキシ系樹脂又はアクリル系樹脂等の塗料を使用したアンダーコート2と、アルミニウムまたは金等の金属の真空蒸着層3と、ウレタン系樹脂、エポキシ系樹脂又はアクリル系樹脂等の塗料を使用したトツプコート4と、そして電子線、放射線又は紫外線の照射を受けることによつて硬化する塗料を使用した硬化層5とを順に積層して成る真空蒸着を施した合成樹脂製製品